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言葉の数だけ世界は拡がる

令和元年に演奏した曲1 セザール・フランク:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ長調 その3 レッスンと本番

【レッスン開始から本番前まで】

3月のレッスン第3回くらいからやっとフランクのソナタをみてもらうことになった。12月の第2回までの間、楽章の順としては1→2→4→3をやった。

弾きながら、弓を節約したり、弓の返しでフレーズを切らない様にしたりと弓の使い方を覚えた第1楽章。


フランク:ヴァイオリンソナタイ長調第1楽章

第2楽章ではアクセントを弓でできるだけ行わずヴィヴラートで行うことが主な注意事項であった。


フランク:ヴァイオリンソナタイ長調第2楽章

第3楽章より第4楽章を先に見てもらった。


フランク:ヴァイオリンソナタイ長調第4楽章

それは10月25日に開催された発表会でこれを弾くことにしたからだ。

気をつけたこととしては、

・冒頭の音量。小さ過ぎると縮こまって聞こえる。堂々と弾こう。

・全ての音に気を配る。この曲に休めるところはない。

といったところだろうか。

発表会まで9回ほどのレッスンでなんとか発表会まで持っていった。

【ピアノ合わせ〜本番まで】

10月中頃にピアノ合わせがあったのだが、合わせるのに苦労をした。というのも、伴奏者の先生が全部仕上げるのに間に合わず、音を減らしたからであった。リハーサルまで合わせるのが大変だったし、リハでは他の出演者や彼らの講師がこちらを見ながら待機しているのを意識して上がってしまい、ボロボロの状態。

これではいけない。リハから本番前のオリエンテーションまでの2時間、特に状態の悪かった部分を中心に録音をして弾いては確認、それをフィードバックするといった練習をして臨んだ。

結果、後で記録録画を見ても満足できるくらいの出来に仕上がったと思う。

 【第3楽章とまとめ】

発表会が終わって第3楽章を見てもらった。


フランク:ヴァイオリンソナタイ長調第3楽章

そうして9ヶ月ほどかけて1曲を仕上げることができたのは今までヴァイオリン を弾いてきた上でとても自信につながることであるし誇っていいと思う。

さて、次は発表会に何を弾こうか。楽しみだ。

令和元年に演奏した曲1 セザール・フランク:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ長調 その2 音楽教室選びからリハビリへ。

前の記事から21日経ってしまったので復習。こんな曲。


Franck: Sonata in A major 4th movement; Noé Inui & Vassilis Varvaresos

ちょくちょく弾いては見ていたものの、一向にうまくはならない。

上達するには上手い人から指導を受けるのが一番だという。出会いから1年後、音楽教室に通い、レッスン受講を決意。

さて、どこの教室を選ぼうか。学生である手前、あまり入会金とレッスン代は多くは払えない。18年11月末頃、ヤマノミュージックサロンが入会金半額キャンペーンをやっていたので、その仙台店で行われている無料体験レッスンを受講することに。レッスン時間は正規のレッスンと同じ30分。楽器を持参して赴き、案内を受けて体験レッスンへ。弾きたい曲を伝える。

「大学でクラシック音楽研究会に入ってて、そこでミニコンサートを開いてフランクのヴァイオリンソナタ弾きたくて。それでこの曲を1年2ヶ月で弾けるようになりたいんです。」

次に、楽器経験とヴァイオリンを人前で演奏したのが8年前とブランクがあることなどを伝え、「取り敢えずはなにか曲を弾いてみましょう」ということになり、J.S.バッハメヌエット ト長調 BWV.Anh,114を弾くことに。皆さんご存知のシンプルな曲で、それだけに弾きにくいけど、音色だけはどこで弾いても誰にでも褒められるので、例によって講師からも褒められた。

12月から始まる正規のレッスン受講は即決だった。手続きをして、「来月から一緒に頑張りましょう」と激励の言葉を受ける。やる気は十分。2週間後のレッスンからはリハビリをしていった。

最初と2曲目は、J.S.バッハ:ガヴォット(無伴奏チェロ組曲の第何番か忘れた)とドヴォルザーク:ユモレスクを初心者の学習用に移調・編曲したもので慣れて、3曲目はアッコーライ:ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調


J.B. Accolay Violin Concerto in A minor - Itzhak Perlman

の楽譜をいただき、みてもらった。

8年以上も経つと、弾き方を結構忘れているものである。アッコーライで勘や忘れていた弾き方を取り戻して、漸く3月中旬からフランクのレッスンに入ることになった。
続く。

曲目の豊富なNaxosMusicLibrary〜クラシック音楽ファンのためのサブスクリプション音楽配信サービス

大体の演奏会には予習をして臨んでいます。基本的には音源を所持しているものは自宅のオーディオでそれを再生して聞いていますが、聞きたい曲を収録しているCDが必ずあるわけではありませんし、大学でレポートや卒論の準備をしたり外出などにより自宅で音楽を聞けるとは限らないわけです。

そうした所持音源やの制限があるときに、サブスクリプション音楽サービスがとても役に立ちます。今日はその軽い紹介とわたしの使い方のお話。

 

LINE MUSICやSpotifyなど、各自特徴を持った様々な音楽配信サービスが揃ってきています。その中でわたしは2つのサービスを利用しています。NaxosMusicLibrary(NML)とAppleMusicです。今日はNMLについてお話します。

【NML】

クラシック音楽ファンには云わずと知れた廉価版レーベル Naxosの運営するサービスです。

ml.naxos.jp

長所としては、レパートリー楽曲は勿論演奏機会の少ないものも配信していること、Naxosだけではなくドイツ・グラモフォンから楽団や放送局の自主制作レーベルまで世界中のレーベルが配信に参加していることなどがありますが、わたしは楽曲や演奏者の検索方法が容易であることに便利さを感じています。

例えば、ガブリエル・フォーレのヴァイオリンソナタ第1番を探してみるとしましょう。作曲家のタブから代表的作曲家一覧を開くことができます。次にフォーレの楽曲一覧リンクへ飛ぶ。

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作品リストの「すべて」から探してもいいけど、室内楽作品なので室内楽のタブを押し

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聞きたい版の項目を選べばいい、というわけです。選んだら、次に演奏者の選択ができます。 

f:id:schumannian:20200113092626p:plain楽曲の基本情報に次いで、演奏家やレーベルとアルバム番号、録音情報が並びます。

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そうですね、比較的新しい、フォーレ室内楽曲全集に収録されているルノー・カピュソンとミシェル・ダルベルトによる録音を聞いてみましょうか。

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選んだら再生ボタンを押す。

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すると別窓でプレイヤーが表示されます。
音量の調整やトラックの移動などができますね。
NormalとHighとは音質のことで128kbpsから320kbpsに変更できます。ご視聴の回線状況や残りのデータ量と相談してご利用下さい。

デメリットとしてはトラック間に音が途切れてしまうこと、楽章や1曲の終わりから次の曲へ切れ目なく演奏される曲の再生にはこれは致命的な欠点となります。 

ただ、モバイルアプリではこの点は改善されているので、外出時での再生は勿論、自宅ではBluetoothで機器に接続しての再生ではその点の不便はありません。PCブラウザ版とは違って一覧から選ぶことができず、検索がうまくないと目当ての音源にたどり着くのは難しいですけどね。

気になる使用料はこちらを参照して下さい。わたしは月払いにしてます。

さあ、あなたも音楽配信サービスで豊かなクラシック音楽ライフを満喫しましょう!

あなたのクラシック音楽はどこから?わたしはブーレーズから。

通っていたオーケストラ部があり、そこでヴァイオリンを始めた。

数ヶ月経った頃だったか…オケでできた友人には首席打楽器奏者(といっても打楽器は1人だったけどね。以降ティンパニ君)やヴィオラ弾きと、クラシック音楽好きが2人いた。

そのうちティンパニ君に「クラシック音楽でおすすめのものがあれば教えて」とお願い。

わたしのそれまでの経験といえば、中学生の頃、地元のホールにイ・ムジチ合奏団が来てバッハやヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲を弾くコンサートがあってそれを聞きにいったり、音楽の授業でL.v.ベートーヴェン交響曲第5番 ハ短調 作品56(日本では「運命」って呼ばれている曲だ)第1楽章の第1主題とその展開をクイズにしたものに全問正解して先生から「schumannianは耳が良いな!」と褒められた程度のものだった。音楽史の知識などほぼない。

ティンパニ君「いいのがあるよ」

出てきた音源はこれだった。

ストラヴィンスキー:春の祭典、ペトルーシュカ

ストラヴィンスキー:春の祭典、ペトルーシュカ

  • アーティスト:ブーレーズ(ピエール)
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2007/09/05
  • メディア: CD
 

 「出だしはファゴットなんだけどこの楽器じゃかなり高い音域で、その後にリズムが云々」この曲の特徴をひとしきり聞いて、帰宅してラジカセで聞いたわけだ。


ストラヴィンスキー - バレエ《春の祭典》 ブーレーズ クリーヴランド管 1991

クラシック音楽、すげえな!

「指揮者のブーレーズ、作曲家でもあって自作の録音もしてるんだ。これ。」 

ブーレーズ:ノタシオン

ブーレーズ:ノタシオン

  • アーティスト:ブーレーズ(ピエール)
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2002/09/25
  • メディア: CD
 

 


Pierre Boulez, ...explosante-fixe... - Ensemble intercontemporain - Matthias Pintscher

(↑CDとこの映像とは別の演奏家ね)

クラシック音楽って、刺激的だな…

しばらくはティンパニ君から借りたCDや定期演奏会で演奏する曲を聞いたりして過ごした。

最初に出会ったものはコンテンポラリーであったものの、今から思えば、わたしにとってのクラシック音楽は、最初に抱いた印象である「刺激的なもの」であるに間違いはない。

その後、高校生のときにマーラーと出会って交響曲第10番 嬰ヘ長調第1楽章


テンシュテット指揮:マーラー:第10交響曲よりアダージョ(1983年ライヴ)

に涙を流し、今はブラームス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ全曲録音集を95種類集めるようになりました。

2020年1月5日 坂入健司郎/東京ユヴェントス・フィルハーモニー 第20回記念定期演奏会

【前日譚】

12月に行ったコンサートは1つだけ、仙台市宮城野区での室内楽演奏会。演奏は1つ目の曲目では残念、2曲目でその残念さを挽回、後半のプログラムは全く予習をしてこなかったけども魅力的な曲だしいい演奏だった。ただ、音が消え入って終わる緩徐楽章ですら元気な拍手を飛ばすというように聴衆が残念ではあった。

次のコンサートは16日、アラン・ギルバート/東京都交響楽団によるマーラー交響曲第6番を聞きにいける。これでコンサート納めにできる。

 

はずだったのだが、年内最後のヴァイオリンのレッスンがあった。しかも、新しく見てもらう曲の初回レッスン。これと天秤にかけたら仙台東京間の交通費を天秤にかけたらレッスンの方が重い。安くはないレッスン費も払ってるんだもんね。

 

なんか、突然コンサート納めにしたくなかった。せめて新年始まって初めてのコンサートくらいはいいものを選びたい。

有名なホールでいいもんないかな…帰省中にちょうどいいのがあるじゃないか。

 収まりが悪い話から切り替えて、新年もいいコンサートで迎えたい。そう思ったのだ。

 

【当日】

東京国立博物館での「特別公開 高御座と御帳台」と、本館2室(国宝室)で13日まで公開されている長谷川等伯《松林図屏風》

www.tnm.jp

を始めとした常設展を見たあと昼食を取り、ヨドバシカメラマルチメディア秋葉原でヘッドフォンやCDレシーバーを見たあと川崎へ。

【現場】 

 

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眺め

いつもはいつでも着脱できるように通路側の座席を選ぶのだけれど、選択するとき座席表をよく見てなくて列中央の座席にしてしまった。たまにミューザで聞くときはやらかす。反省。

 

して、ブルックナー。第1曲からブルックナーらしいしつこすぎるオスティナートの上に声楽が乗るのは、どこかでよく書かれるように、まるでミニマル・ミュージック。繰り返しの上に微妙な差異を出すのがミニマル・ミュージックの味わいなのだけれど、そうしたものは音程やリズムがきちんと合ってないと出てこない。いい…

  

後半開始前にアナウンスが。「曲が終わったら撮影してもいいよ」とのこと。

さあ、2Vn・Vaの刻みで始まりだ。ホルンの立ち上がりが悪いけど、ここを気にし続けたら今後の鑑賞が全部悪いものに聞こえてしまうのでそう気にしないことに。別にそれで合奏が崩壊したわけじゃないし。提示部と再現部の間にある休符はブルックナー交響曲で出てくるようなゲネラルパウゼ並みに間をとった。これからが期待できる第1楽章であった。

第2楽章。終始緩い部分がなく終わるかと思いきや、終始音とその1小節前の音が、従来の鋭く重い音ではなく、柔らかめの音色でふわりと終わる風に変えられていた。聞き慣れている演奏とは微妙に違うギミック(?)は第4楽章コーダにもある。

木管楽器の美しさ、とりわけファゴットが光っていた第3楽章が終わったら、アタッカ気味に第4楽章にはいるのではなく15〜20秒くらい開けてから木管楽器による不協和音の咆哮からレチタティーボへ。よく知っている通りの正攻法だが、トロンボーン男声合唱によるAndante maestosoの直前にはいる前のパウゼは長めにとったり、前半に演奏したブルックナーを時々想起させる仕掛けもあり、コーダの4小節感のMaestosoはオーソドックスな演奏で取られるテンポで入ってからアッチェレランドしてPrestissimoに流れるように入って終曲。

残響が消えて拍手。

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カーテンコール

新年早々いい演奏に出会えました!

 

クラシック音楽、未聴音源が山のようになる問題〜未聴音源ができる理由と結び

前回の記事では、聞き手の成長とは、そのとき聞いた実演奏や音源がたとえ駄演凡演であったりいい演奏だけど気に入らなかったとしても次も聞こうと思う意欲を持ち続けること、とした。今回は、そうした聞き手の成長がどう未聴音源の発生や増加を促すかについて書き、最後に結びを置きたい。

 

実演を聞く機会がなく音源しか音楽鑑賞の手段がない場合、同じ音源を聞き続けるクラシック音楽ファンは多くはないし、観測範囲ではのめり込むほど音源を増やし続ける。

未聴音源は、先ずは単純に「飽きたので他の演奏や曲を聞いてみたい」と思うことから発生するだろう。

知識の獲得や視聴経験を積み重ねると、好奇心や成長によって意欲から、同じ作曲家が書いた他の作品や同じジャンルで違う作曲家が書いた作品、はたまた同じ曲を違う奏者による演奏の音源を聞いてみたく思うようになるだろう。それでボックスセットの一つでも買って好きな曲をくり返し聞くようになり、聞き終えていないうちに違う音源に興味を持ってそれを購入したらもう未聴音源の発生にチェックメイトをかけたようなものだ。ボックスセットを全部聞き終えないうちに次に聞く音源を購入してはいけないと心に決めて尚且それを維持し続けられるならともかくも、好奇心から次に聞きたい音源を購入し、聞いていないうちに購入…これが続くうちに未聴音源の山ができるのだ。

他には、作曲家や演奏家が好みではなくなった等の理由で既に買ったボックスセットの内容が気に入らなくなったから消化せずに他の音源の視聴を行うなど様々な原因があるが、未聴音源ができる理由を大きくまとめると、今聞いている音源を聞き終えていないうちに次の音源を視聴し始め、消化を行わないから。そういう単純な理由から来るのだ。未聴音源を増やさなくするためにはどうするか、これも単純なことだ。聞き終えるまで次を聞かないと決め、その決意を維持することしかない。

 

結びに代えて、そもそも未聴音源の何が問題なのかを書いておこう。これも単純だ。空間と金銭といった様々なリソースを有効に使うためだ。芸術や文化には効率や無駄ということを持ち出すのは野暮なことかもしれない。しかし、消費だけでは優れた聞き手になることはできない。もちろん消化に追いつかないほど消費してその中から消費することで意欲も聞き取ったり言語化できる能力もつくことがあろうが、リソースは有限でありすべての人が多く消費できるとは限らない。限られたリソースの中で最大限の成長を目指すことが文化や芸術の受容者としての成長であり貢献だとわたしは思う。

 

【おまけの動画】

 #新春ブラームス祭 で聞いたこの曲をお届けします。


Brahms - Piano Concerto No. 1 | Hélène Grimaud, Piano [HD]

クラシック音楽、未聴音源が山となる問題〜聞き手の成長とはなにか

シリーズの記事としては4日ぶりの記事となる。前回の振り返りをしておこう。

聞き手の成長となる要素は2つあり、1つは知識やその獲得、もう1つはCD動画の視聴及びコンサート鑑賞などの視聴経験やその蓄積である。その2つは両輪の存在であり、どちらが欠けても音楽鑑賞は成り立たない。

ざっくりとまとめればこういう話であった。

今回は、聞き手の成長について考えていく。

聞き専に限って云うと、聞き手の成長とは、端的に言えばこれからも音楽を聞き続けていきたいという意欲を持つことを主とするものである。鑑賞した曲について言語化し、旋律やハーモニー、リズムなどといった音楽作品の内容を細かく聞き分ける能力を得ることは無自覚でも身につくこともあるものなので、聞き専にとっては副次的な要素である。

何故それが成長といえるのか。どうすれば意欲を持てるようになるのか。何故成長が必要なのか。とても難しい話ではあるが、これらを示さなくては意味がない。

先ずは成長を定義してみよう。「成長とは何か」を自分の言葉で定義せよという記事の最後に

 

成長の反意語は失敗ではない。「挑戦しなかったこと」である。

 

とある。なるほど、そのとき失敗しても次に成功する可能性を抱いて挑戦すれば成功を手にする事ができるのだこれを基に演奏家の立場から聞き手にとっての成長について考えることにしよう。

わたしはアマチュアながらにヴァイオリンを弾き、アマチュアオーケストラのメンバーになり、定期演奏会での演奏に参加した経験がある。そうした立場、や経験からすると、お客さんが来場し最後まで聞いていただけることがとてもありがたいことである。興味はそれほどないが友人が出演するから付き合いで来場した、という理由で来場して多少なりとも興味を持つようになり「よかったな、また来よう」と思っていただき次回も来場する可能性があるということは、次回もいい演奏であることを期待することに他ならない。また、その回が拙い演奏で気に入らなかったとしても「次回はいい演奏かもしれない」、そう思って来場を考えることだってある(尤も、これはある程度の経験を得ているお客の場合であることが多いが)。次も聞きたいと思うことは可能性に賭けることであり、それは紛れもない成長である。聞き手にとってはどうだろう。趣味を持つ、持続させることに動機や意欲が必要だからである。

また、どうすれば意欲を持てるようになるのか。細やかな因果関係を書くことは困難なので詳細な記述を行わないが、大きく分けて2つのケースで意欲を持つようになる理由がある。1つ目は経験の乏しい場合は、聞き手にとって演奏や奏者をとても気に入り次も聞こうと思うようになることで、もう1つのケース、経験の多い場合では過去に奏者を気に入って次回の来場への機会を得たからだろう。奏者においてはいい演奏を聞き手に提供し、聞き手においてはいい演奏を得たり奏者のファンとなることが聞き手の意欲を引き出す手段や動機となる。

そして成長が必要な理由については、アマチュア奏者や音楽業界にとっては自明のことである。来場や音源購入、サブスクリプションの契約には動機や意欲が不可欠であるから。聞き手にとっては成長、つまり次回に賭けることそのものが必要であるからだ。

 

以上のように、聞き手の成長とその理由を考えてきた。次回は、聞き手の成長がどう未聴音源の発生や増加を促すかを考えて、結びを書いていきたい。

 

【おまけの動画】

重い文章だったので気分を上げていただきましょう。

 

 

 

#新春ブラームス祭

未聴音源はわたしも多く抱えていて、ドイツ・グラモフォンから出ているブラームス:作品全集もその中の一つである。特に声楽曲に未聴のものが多い。

ピアノ小品も室内楽も良作ばかりなのだから声楽曲もいいものばかりに違いがなかろうに、勿体ない。機会を設けて聞かねば。帰省したときに自室のオーディオで元旦から聞き始めるのはどうだろう?と思いついたわけだ。

声楽曲はもちろんこのボックスセットから。 

Brahms Complete Edition

Brahms Complete Edition

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Deutsche Grammophon
  • 発売日: 2009/06/01
  • メディア: CD
 

 ドイツ・グラモフォンから発売された、あらゆる奏者や歌手によって演奏された交響曲管弦楽曲室内楽ピアノ曲・オルガン曲・独唱曲・重唱曲・合唱曲といった作品番号のついた全作品と一部の作品番号がつけられてないもので主要なものを収録したセットである。すべての演奏や録音が優れているかどうかはともかく、持っていて損はない一品であろう。

交響曲管弦楽曲・協奏曲・室内楽曲・器楽曲の多くは別のCD・配信音源を使うことにした。

交響曲はこちら。 

Brahms: Symphonies Nos. 1 & 3

Brahms: Symphonies Nos. 1 & 3

Brahms: Symphonies Nos. 2 & 4

Brahms: Symphonies Nos. 2 & 4

管弦楽は、2曲のセレナードを全集から、他オリジナル3曲は

ブラームス:交響曲全集

ブラームス:交響曲全集

 

 から。シェーンベルクが編曲したピアノ四重奏曲第1番の管弦楽版もちゃんと聞く(編曲ものは元曲を聞いたあとに視聴するという方針)。

tower.jp

さて、協奏曲。二重協奏曲を除いては、指揮と管弦楽クリスティアンティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデンによる録音をとろうと思う。ヴァイオリンはリサ・バティアシュヴィリ、ピアノはマウリツィオ・ポリーニによるもので。 

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番

  • アーティスト:ポリーニ(マウリツィオ)
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2011/11/02
  • メディア: CD
 
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲/クララ・シューマン:3つのロマンス

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲/クララ・シューマン:3つのロマンス

 
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番

ブラームス:ピアノ協奏曲第2番

 

 二重奏曲は全集から、ヴァイオリン:アンネ・ゾフィー・ムター、チェロ:アントニオ・メネセス、指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン管弦楽ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

室内楽PHILIPSから出ていた室内楽曲全集

www.amazon.com

を基本に、クラリネットとピアノのためのソナタのヴァイオリン編曲版を、ヴァイオリン:ウルフ・ヴァーリン、ピアノ:ローランド・ペンティネンで

tower.jp

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同曲のヴィオラ版は全集からのもので。

器楽曲、ピアノソナタ第1番と初中期ピアノ小品はユリウス・カッチェン(第2ピアノ:ジャン・マルティノン)によるピアノ曲全集 

Works for Solo Piano

Works for Solo Piano

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Decca
  • 発売日: 1997/11/11
  • メディア: CD
 

ピアノソナタ第2・3番はクラウディオ・アラウの録音集 

Brahms: Works for Piano

Brahms: Works for Piano

 

 変奏曲はすべてペーター・レーゼルによるピアノ曲全集(紹介作品はBerlinClassicsからリリースされているピアノ独奏曲録音を収録したもの)  

Works for Piano

Works for Piano

 

作品116から作品119までの小品集はニコラ・アンゲリッシュによるもの(画像はWarnerClassicsからリリースされているピアノ独奏曲・協奏曲・室内楽曲を収録したもの)を聞いていく。

Nicholas Angelich - Brahms : Piano Concertos / Piano Warks / Chamber Music

Nicholas Angelich - Brahms : Piano Concertos / Piano Warks / Chamber Music

  • アーティスト:J. Brahms
  • 出版社/メーカー: Warner Classics
  • 発売日: 2017/08/18
  • メディア: CD
 

ピアノ4手・2台ピアノのための作品は、ピアノ五重奏曲の元のアイデアだった2台のピアノのためのソナタの演奏はヴァレリー・アファナシエフとヴァジム・スハーノフによるもの 

ブラームス:2台のピアノのためのソナタ/ロシアの思い出
 

 その他4手・2代のピアノのための作品とオルガン曲は全集から。

 

さて、何日かかるだろう。聴き通すのが目的で、1曲1曲を吟味するのは二の次となるが、声楽曲、特に独唱・重唱曲は聞いているうちにお気に入りのものが見つかるかもしれない。

曲の解説などは、吉田秀和 著、歌崎和彦 編『ブラームスの音楽と生涯』音楽之友社,2000年 

吉田秀和『ブラームスの音楽と生涯』

吉田秀和『ブラームスの音楽と生涯』

 

 を基本とし、演奏時間が長い曲で譜例などを確認する余裕のある場合は『ブラームス 作曲家別名曲解説ライブラリー7』 

ブラームス 作曲家別名曲解説ライブラリー 7

ブラームス 作曲家別名曲解説ライブラリー 7

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 音楽之友社
  • 発売日: 2008/04/28
  • メディア: 単行本
 

を参照していきたい。 

 

 

 

 

月並みだけど、今年を振り返る〜音楽活動が充実した平成31年・令和元年

【音楽活動】

去年の12月から、フランク:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ長調 全曲を習うことを目的にヤマノミュージックサロン仙台に入会、ヴァイオリンのレッスンを始めた。このことは以下の記事から始まるシリーズ(明日以降続編を投稿)を参照してもらうとして、3月から第1楽章、第2楽章、10月下旬に行われる発表会で取り上げる第4楽章、第3楽章の順に習っていった。1曲みっちり練習してレパートリーに取り入れるのはソナタでは初めてのことで、これはこれから楽器を弾いていく上で自信につながっていくと思う。これからもいいアンサンブルができるように技術を磨いていきたい。

山野の企画でGo!Do!コンサートというのがあり、山野の生徒が様々な形態のアンサンブルに参加し、有名ホールで演奏できるというものである。2年おきに開催されるようで、前回は東京芸術劇場で行われた。初参加となった今年3月の会はサントリーホールで開催。

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サントリーホール舞台上1

仙台教室のメンバーはオーケストラに参加可能で、いつも客席から眺める舞台に立てる…これはやるっきゃない。再入学でそれほど金持ちではない学生にとって27000円という参加費は安くはないが魅力的であり、勧誘されたら二つ返事で参加することにした。これも詳細はまたあとということにしよう。

とにかく、3月10月と11年ぶりにオケで、9年ぶりに室内楽でのステージに立ててよかった。

【学業】

これが例年通り体調不良が続きあまりパッとしない。18年度後期は単位数としては振るわなかったけれど、なんとか卒業論文を提出する権利は得た。また、今年度前期でようやく全学教育で課せられた単位を揃えることができ安心している。あとは今年度後期で全単位取得できれば卒論以外の単位を揃えることができるという算段である。しかし、今年は一層体調が厳しい。1つ落として次年度前期に1つ残すことになるかも。

また、取り上げる題目を構想発表の直前に変えたり体調不良にて全く手がつけられなかったりで来期に延期することとした。ちなみに、次が在学できる年限としては端数の4ヶ月を計算に入れなければ最後となる。気を入れ直して取り組みたい。

【人間関係】

恋をしている。2週間前に告白して交際は断られたものの脈はあるらしい。好印象を維持し続けたいものだ。

Go!Do!コンサートでの共演者とは、メンバーの誰かが主催する飲み会には参加はしているものの、話が合わない印象。どうにかして打ち解けようとも思えないが、同年代の友人がいないので関係は維持しておきたいものである。どういうつながりで新たな関係が生じるかわからないものだから。

 

これで今年の振り返りとしよう。では良いお年を。

 

【おまけの動画】

やはり締めくくりとしては発表会で弾いたこの曲で。


Franck Violin Sonata #4 Movement Kyoko Takezawa 竹澤 恭子

クラシック音楽、未聴音源が山となる問題〜聞き手の成長を構成するものとは 編

前回のまとめ】軽音楽が編集技術の向上や記録媒体の発展にかかわらず一曲の長さにはそれらの要素は影響しないので一曲の長さは変わらず、更にはサブスクリプションサービスの展開で音源購入の必要すらなくなった。クラシック音楽でも編集技術の向上や記録媒体の発展、サブスクリプションサービスの展開はなされているのに何故未聴音源はできてしまうのか。そう問題を提起した。最後に、この記事で聞き手の成長とは何かを考えていくことを提示したところで終わった。

 

先ずは聞き手の成長を構成する要素を挙げていこう。端的に云うと、知識の獲得と、視聴経験の積み上げ。この2つの要素で聞き手は成長するのだ(いつまでも成長しない人は往々にして存在する。しかし成長する聞き手はやはりいるものだし、わたしもそう在りたいと思っている)。

知識の獲得と視聴経験。この2つそれぞれについての詳細やそれぞれが聞き手の成長にどう結びつくかを考えていきたい。

1つ目の要素であるクラシック音楽における知識は、表情記号や調性、形式といった音楽用語・理論や、作曲家とその作品における特徴、演奏家、そしてなんといっても楽曲そのものである。

知識は感性を磨き楽しさを見つけ増大させるのには欠かせない。不変の感性では次々と楽しみを見出すことは難しいだろう。また、基礎的な知識を持つことで発展的な知識を持つことが可能となる。楽器演奏や評論、音楽学を志すものでなければ楽譜が読める必要はないが、旋律や主題の発見、その変化を聞いて感じ取る能力を伸ばすには知識の質や量の向上なしには成し遂げられない。

音楽にまつわる知識を増やしたところで楽曲を視聴しなければ何も始まらない。知識の獲得や評論や音楽学の手段としての音楽鑑賞は成り立つが、それを伴わない鑑賞自体は知識獲得の手段やそれを目的としているものではない。楽曲を視聴することそのものが目的である。曲を知らずに鑑賞は成り立たないのだ。

また、楽曲を演奏する人々は楽曲に次いで大切な存在である。演奏がどんな楽器を用い、どのような理論に基づいて演奏しているか…それがわかれば鑑賞を深くすることができる。

2つ目の要素、視聴経験に関しては、音源や映像の視聴と、演奏会の鑑賞に分けることができる。音源は購入するものとしてはCDやサブスクリプションサービスがあり、無料ではラジオ放送がある。映像はDVDやBlu-ray Disc、やはり管弦楽団が配信する動画サブスクリプションサービスがあり、無料有料を限らないが、You Tubeニコニコ動画など企業が提供する動画配信サービスや放送局などが行う実況放送がある。それを使えば自ずと楽曲の鑑賞ができる。

演奏会は有料無料や作曲で用いられた編成と会場の大小を問わず全世界で行われており、それに赴けば楽曲を鑑賞する事ができるのは自明のことである。

音源や映像の視聴や、演奏会に赴くことで音楽鑑賞ができ、更には知識の一つである楽曲を知り、鑑賞を深めることができる。

以上、知識とその獲得、視聴経験が聞き手の成長の要素である。これらは両輪の存在であり、どちらが欠けても音楽鑑賞は成り立たない。知識は鑑賞の手段や対象であり、演奏会は鑑賞の手段でもあり場でもある。

 

今日は疲れたのでここで終えることとしよう。続きは、聞き手の成長そのものと、それがどう未聴音源の発生や増加を促すかを考えていきたい。

【今日のおまけ動画】

今日はコミックマーケット第97回の開催2日目で、わたしのTwitter艦これ用アカウントで繋がっているお二方が作った本の購入を目的にそこに行った。その旅路の車中で聞いたものを。

1973年にベルリンのフィルハーモニーで収録された、ピアノ独奏:アレクシス・ワイセンベルク、指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン管弦楽ベルリンフィルハーモニー管弦楽団による演奏。


ピアノ協奏曲第2番(ラフマニノフ)

今年の音楽を考えるための記事は本記事で最後である。次回は今年演奏した作品についての続きやコミケで購入した本の感想を書きたい。

未聴音源についての記事の続きは1月2日に更新したい。

クラシック音楽、未聴音源が山となる問題〜導入編

未聴音源が溜まっていくのはクラシック音楽ファンにはよくある話である。

5ちゃんねるクラシック音楽板には、旧2ちゃんねる時代から続く「未聴CDの山を見て人生の残り時間を考える」というスレがあり、その歴史は2004年10月22日から始まり、現在まで29スレッドまで続いている。

QUEENの名曲 ボヘミアン・ラプソディーも発表時は、当時の市オングルレコードの収録時間の相場である約3分を優に超える5分50秒であったことでレコード会社やラジオ局から否定的な意見が出た。


Queen – Bohemian Rhapsody (Official Video Remastered)

今でこそ1枚あたり約80分を収録できるCDが安価で発売されて1曲あたりの長さも収録可能な時間の分だけ伸び、編集技術も当時とは比較にならないほど成長した。とはいえ、消費者が鑑賞に耐えうる時間や、なにより、編集の効かない実際に奏者が演奏に耐えうる時間はそう伸びるものではない。ましてや、軽音楽は売れなければいけないのだから時間は短いほうがいいのだ。未聴音源ができるにせよ、それはクラシック音楽のそれとは圧倒的に少ないであろう。今は、オーディオにこだわらないのであれば、サブスクリプションサービスを専ら使用することで物理的なパッケージを所持する必要はなくなる。

対してクラシック音楽の場合はどうだろうか。夢中に聞いていれば体感時間としてはそれほど長くは思わない場合もあるし、絶対時間としてはやはり軽音楽の1曲分より短いものも勿論存在するので、買ったときに消化していけば未聴音源はできないし、サブスクリプションサービスだけで済ませられるはずなのだ。

しかし、それが次々とできてしまうのだ。それも、聞き手として成長していくと増える量も多くなっていくのである。

何故だろうか。聞き手としての成長とは何かを次の記事で考えていきたい。

【おまけの動画】

特に意味はないけど、今日聞いた曲を。今音楽教室で見てもらっている曲。


Mozart Sonata in G, K.423 for Violin and Viola

STOP、スメルハラスメント!〜人間関係もコンサートも快適に

今はなくなったSNSから12〜13年の付き合いのあった友人から、今日Facebookの友達設定を解除されてしまいました。
1年3ヶ月前のことでしょうか。サー・サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団による演奏会のために遠征したときにその友人 Sさんのお家に泊まらせていただいたのですが、これがわたしには耐えられぬ汚部屋でした。TVで取り上げられるほどゴミが散乱されているわけではないのですが、掃除機をかけている様子が感じられないくらい細かいゴミだらけで、十分に洗濯されているとは思えない衣服は染み付いた体臭であろう臭いを放つ。

他人の世話になっておいてこういうのは自分でもどうかと思うのですが、これでよく人を泊めようとしたな、そのときは思ったものです。お世話になっているし思ったまま心に留めておこうとしていました。その決意が崩れたのはシャワーを浴びるために浴室に入ったときでした。

浴槽が赤カビだらけで足を踏み入れたくないほどの汚さ。貸していただいたタオルからは染み付いて落としきれていない体臭というおまけ付き。

これは我慢できず、Sさんが買い物から帰ってきたときに、控えめに浴槽のことだけを指摘したのです。
以降彼はこのことを根に持ってしまったようで、Sさんに貸していたヴァイオリンを返してもらいヴィオラを借りたときに「こんなことを言う人だとは思わなかった」と云われました。

友人関係にとどめを刺したのは次のことです。返ってきたヴァイオリン、その顎当てにはびっしりと垢が付着し、顎当てだけではなくテールピースにも体臭と思しき臭いが染み付いていました。楽器店の方に掃除をお願いしたところ、「木材なので臭いはもう字除去できないです、交換するしかありません」と云われました。仕方なく、安くはない代金でテールピースと顎当てを交換しました。その代金19000円。ヴァイオリンがこの状態ですから、借りたヴィオラだって似たようなもの。だいたい同じ額の代金を払う羽目になりました。

これは1月のことでしたが、金欠もありましたが今後のSさんのためにと思いFacebookのMessengerで本当のことを伝えました。

1週間以上既読がつきませんでした。

そして今日Facebook運営からのメールによって、わたしがSさんの友達から削除されたのを知ったのです。Facebookでは、自分のアカウントでログインできないときに信頼できる連絡先を設定してそれでアカウントの回復に役立てられる機能があるのですが、友達を解除されるとその設定も同時に解除されるのです。そうして友人関係は終わり、絶交となりました。

sirabee.com

この記事にあるように、衛生観念の違いにより人間関係が壊れることがある。楽器に汚れがつくことだって、体臭のケアができてないことだって十分に絶縁のきっかけになるのです。みなさんも良好な人間関係の維持のためにも衛生や体臭ケアには気をつけて下さい。

 

ここまで、人間関係の維持において体臭ケアは大切だという話をしてきました。さてこれがコンサートの快適さにどうつながるというのでしょう。昨日の記事で話したとおり、コンサートマナーは演奏以外の要素で不愉快な思いをせずにコンサートを楽しむためにあるものです。当然、体臭だって不愉快な要素になります。また、香水のつけ過ぎだって迷惑です。なんだってやりすぎはよくないのです。

世の中自分ではどうにもできないことは多々ありますが、コンサートホールに自力で行ける人なら入浴はできるのです。自分でケアできることはやりましょう。

 

いいから風呂はいれ。

 

【おまけの動画】どうか心だけでも清らかになって下さい


Bach: Air / Koopman · Berliner Philharmoniker

コンサートマナーはコンサートの敷居を高くするか

「コンサートマナー」と「クラシック音楽の敷居」という話題は度々Twitterクラシック音楽ファンの間で話題になる。

わたしの相互フォローの方々も例に漏れずそうした話題をツイートしては反応をもらうのだ。例えばこうしたものだ。

「コンサートマナーについてうるさくいうなら、コンサートに行きたいと思うクラシック音楽初心者を遠ざけてしまうのではないか」、と。この記事では、こうした反応に対する対処やコンサートマナーが何のためにあるのかを考えていきたい。マナーが具体的になにを指しているかというのは国内の管弦楽団定期演奏会のプログラムによく書いているのでそちらを読んでいただきたい。

そもそもマナーとはなにか。それぞれの場においての礼儀作法であり、規則とは違い、法や規則のように明文化され誰でも目を通すことのできる様に普及しているものでもなければ、違反したとしても明確な罰則を与えられるものではない。しかし、マナー違反をしたことによりその場の雰囲気を乱したら大きな恥をかいて、余程厚顔無恥でなければそこにもういられなくなるであろう。

マナー違反したらどうなるか、それよりも大切なことがある。何故あるのか。その場にいる人々を不愉快にしないように、食事においては料理の味や会話を楽しむために。そして、コンサートにおいては開演から終演まで会場にいる誰しもが演奏内容以外の要素で不愉快な思いをせずに楽しむために。

コンサートマナーがどうして大切なのかを示したところで、次はコンサートマナーがコンサート初心者の敷居を上げるのかと問われることについて考えよう。先程述べたようにコンサートマナーは演奏以外の要素による不愉快さを排除して演奏を味わうためのものだ。どう振る舞っていいかわからない初めてコンサートに来たお客は他のお客に不愉快さをを与えてしまうかもしれないと同時に与えられるかもしれない可能性もある。不愉快を与えてしまったことでもうコンサートには行かないかもしれないし、不愉快になったことで行かないことにするかもしれないのだ。

敷居を下げるためにマナーの考え方としては、初心者にどう振る舞うかを教えるだけではなく、自分たちの振る舞いも正していく必要がある。先人が良く振る舞えなくて後進がその様に振る舞うことができようか。敷居を上げるのも下げるのも先人次第なのである。

結局の所、コンサートマナーの大切さを論ずるものに対して「初心者のに対してコンサートの敷居を高くするからそういうのは止めろ」というものは、初心者のことなど考えていない。大切さを論ずることが煩わしくてそれを叩くための方便としているだけに過ぎない。まともに取り合うだけ時間の無駄である。無視していいし、なにかいうにしても「知らんがな」だけでいい。

【おまけの動画】

パウル・リンケ(1866〜1946):ベルリンの風。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の野外コンサートでの定番アンコール。


Lincke: Berliner Luft / Berliner Philharmoniker (with Simon Rattle at the bass drum)

1月のコンサート鑑賞予定

5日 指揮:坂入健司郎 管弦楽:東京ユヴェントスフィルハーモニー管弦楽団

17日 紀尾井室内管弦楽団メンバーによるアンサンブルコンサート

以上はチケット購入済み。

 

もし余力があれば、29日 指揮:渡邊一正 管弦楽仙台フィルハーモニー管弦楽団 の名曲のちから オーケストラスタンダード Vol.24に行くかも。

 

途中だけどとりあえず投稿。

令和元年に演奏した曲1 セザール・フランク:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ長調 その1 出会い

セザール・フランク(1822〜1890)はベルギー出身でフランスで活躍した作曲家で……
と書いたところで、クラシック音楽に親しんでいる人には既知のことであり、知らない人にとってはGoogleで検索すればわかることである。もし知らない人がいれば調べて欲しい。

誰でもわかるし調べればいい物事よりは、むしろ、自分にしかできない体験・経験を書いていきたいのだ。

なにはともあれ、先ずは曲を聞いて欲しい。曲を聞いて感じること、そのことこそが価値のあることだから、時間を割いて聞いて欲しい。7分もしない時間だ、食事をしながらでもいい。以下は発表会で取り上げた第4楽章をアメリカのヴァイオリニスト ジョシュア・ベルによる演奏を収録したものである。


Joshua Bell and Jeremy Denk Play Franck -- Sonata in A major for Violin and Piano, 4th Movement

さて、この曲を弾きたいと思ったのは2年前の10月であった。わたしは大学ではクラシック音楽研究会に入っているのだが、気が向いて久々に楽器を弾きたくなり、部室にヴァイオリンを持っていった。その数日前にクラ研所属で同じ研究室の後輩が仙台クラシックフェスティバルでこの曲を聞いたのだという。たまたまヴァイオリンを弾いているところに出くわした彼女はこの曲を弾いて欲しいとリクエストしたのである。

ヴァイオリニストがよく取り上げるらしいので楽譜を所持していて樫本大進とエリック・ル・サージュのリサイタルで聞いたことはあるのだが、さほど印象に残らなかったしその後もろくに聞いたこともなければ譜面も読まず棚を埋めるものの一部であった。

この機会に聞いてもいいか。これは、自分の音色を活かせる曲なのではないか?

弾くか!

まだ練習していなくて初見に近く、弾けてない箇所もたくさんあった、が後輩ちゃんに弾いて聞かせた。そうしたところ、いい反応をもらえたのである。

「これ、演奏会で聞いた音です!」

わたしは自分の音が好きで続けていて、そして音色を褒められるのが好きだ。気を良くしてしまったわたしはこのソナタを練習することにしたのである。

 

その2に続く。